IJET-29大阪レポート

「動詞のパワーを全開に」

Posted August 10, 2018
講演日時:6月30日(土)16時~17時

登壇者:遠田和子 ENDA Kazuko

写真:遠田和子さん

長年にわたり日英翻訳に携わる。翻訳学校講師、英語プレゼン講師、ライター(英語関連の書籍・雑誌の記事)としても活動している。著書に『Google英文ライティング』、共著に『英語「なるほど!」ライティング』、『eリーディング英語学習法』、『あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話』(以上、いずれも講談社刊)、最新刊は『究極の英語ライティング』(研究社)で2018年9月出版予定。

力強く簡潔な英文を書くカギは動詞にある。なぜ動詞なのか? 英語の品詞の中でも、特に動詞は微妙なニュアンスを伝え、一瞬で文章を引き締める力があるからだ。ただ、日本語には対応する1語の動詞が見当たらないことがある。日本語は、動詞を副詞で強める言語であり、描写力を上げるに3~4語を用いることが多い。英語の動詞は、わずか1語で多くの内容を伝えることが可能で、時に鮮烈なイメージを喚起する。膨大な動詞の中から最適な言葉を見つける楽しみや、簡潔に伝えることで洗練された英文を生み出す楽しみが、翻訳者や通訳者にはある。このセッションでは、動詞の力を最大限に引き出す英訳を考えていく。

動詞一つで、英文の質がアップ!

写真:遠田和子さん

「一つの単語に対し一つの訳を充てることができる名詞に対し、動詞はそれが難しいですね。次の日本語の文章を英訳してみましょう」。スライドに記された一文を会場に示しながら遠田先生が参加者に英訳を促した。


電車とホームとの間は広く空いております。足元にご注意ください。

「どうでしょう? 次が忠実に英訳した文章です」。

Be careful not to fall into the space between the train and the platform.

「文法的に間違いではないですが、英語圏ではあまり馴染まない文章ですね。ではこれならどうでしょう?」

Mind the gap.

「いかがですか? これはロンドンの地下鉄で見かける表現で、『ホームと車両の間に気をつけて!』という意味なんですね。イギリスでは「Mind the step!」「Mind the luggage!」のように「Mind~」で注意を喚起することが多いのです」。

「最大限の情報を、最小の語数で表現する(economy of words)」とは、英語圏でよく言われることだ。遠田先生はこう強調する。

「余分な言葉を減らし、1語で表現することで描写力がアップする上、より相手に伝わりやすいシャープな文章になります。英語は簡潔を好む言語なのです」。

「では、次のような英文を日本語ではどのように表現しますか?」

Heidi said,“I’m tired.” → ハイジは「言った」。

「これではただ「言った」という事実だけで、情景がわかりづらいですね。ここで動詞を変えてみましょう。」

Heidi whined,“I’m tired.” → ハイジは「グズグズ泣いて言った」。

ハイジの様子が鮮明になる。そして日本語に訳す場合は、言葉(特に副詞)を足す必要がある。whineをroarに変えると、情景は一変。

Heidi roared,“I’m tired.” → ハイジは「怒鳴り声をあげた」。

では、上記のようなハイジの様子を見たペーターがハイジから離れていく様子を、動詞を変えて表現してみた。どのような日本語の描写を盛り込めるだろうか?どのような副詞が適切だろうか?

Peter walked away from her.  (単に「歩いて去った」を表すだけ)
Peter edged away from her. → そろそろ (恐ろしい、困惑)
Peter stomped away from her. → どすどす (怒り、いらいら)
Peter wandered away from her. → ふらふら (呆れて無視、無関心)

「次は、動詞+副詞でネズミと猫の動作を表現した英文です。もっと面白味のある、生き生きした動詞1語を考えてみましょう」。

When the mouse walked quietly from behind the bookcase, the cat ran swiftly after it.

When the mouse ( crept ) from behind the bookcase, the cat ( sprang ) after it.

「このように、英語は動詞が強い言語です。それに対して日本語では動詞を強調する時はしばしば副詞と一緒に使います。気をつけるべきポイントは、日本語から英語に訳すときなんですね。副詞をそのまま訳すと、せっかくの強さが失われてしまいます。私は副詞を使わず、同等のニュアンスを持つ強い動詞1語を用いて表現することを心がけています」。

名詞に隠された動詞を探す

写真:遠田和子さん

では、実際に和文から英文へ訳す場合の動詞について見ていこう。
「英語の名詞は、動詞として使えることが意外に多いものなんです。まず、英訳に挑戦してみましょう」。


手に小麦粉をつけてから、パン生地を叩いてガス抜きします[パンの作り方]

「つける」、「叩く」、「抜く」を和英辞書で調べるとput, strike, releaseなど見つかるかもしれません。

Put flour to your hands and then strike the dough to release the gas.


「ポイントはレシピなので、パッと見やすいように短文が好まれるということです。より的確で簡潔な動詞はないでしょうか?」

Flour your hands and then punch down the dough.

『手に小麦粉をつける』は、flourの1語で表現可能です。パン作り用語で「punch down」もパン生地を叩いてガス抜きをする意味があります。他にもbutterを名詞ではなく動詞として使い「 butter the cake pan」といえば、「ケーキ皿にバターを塗る」を短く表現できます。レシピを翻訳する際は覚えておきたい知識です」。

日本語を引き締める

写真:遠田和子さん

「英訳が難しい場合、原文の日本語を、別の日本語に置き換える方法を試してみましょう」。


ぎりぎりで勝つ

を英訳する場合、この日本語をどう考えるべきだろうか。「勝つ」はwinだから、「ぎりぎり」を辞書で調べればいいや、と考えるとよい単語が見つからない。次のように日本語をより引き締まった表現「僅差で勝つ」や「辛勝する」に変えて辞書を引くと、適切な単語が見つかる。

僅差で勝つ
Angles beat Tigers by a narrow margin of 6-5.

辛勝する
Angels squeak by Tigers, 6-5.


「~の調査を念入りに行う」(~conduct a careful examination)

上記を、より簡潔な日本語に変えるとどうだろうか?

「念入りに調査する」(carefully examine)

「精査する」(scrutinize)

「「調査+念入り+行う」を一対一で対応させるとconduct a careful examinationのように4語の訳に。しかし「精査する」で辞書を引けばscrutinizeが一発でみつかり、より研ぎ澄まされた英訳が可能になります。このように、強い動詞を見つけるのが難しい場合は、日本語からアプローチするのも有効な手段です」。

実務翻訳者にとって悩ましいのが、名詞に「行う、遂行する、実施する」など意味の薄い言葉を多用する表現が並ぶ文章の英訳だ。

バルブ強度の向上を図るため、新材料の開発が行われた

The development of a new material was conducted to aim at the improvement of the strength of the valve.

和文の単語を逐次変換すると、上記のように冗長な英語になる。

「「バルブ強度の向上を図る」は「バルブを強くする」の意味だし、「開発を行う」は「開発する」と言えます。そのうえで主体を明確にして、能動態にすればこんなに短い英文になります。」

We developed a new material to strengthen the valve.

会場の参加者も遠田先生に倣い、よりスマートな英文に修正できる動詞はないか、活発に提案する声が飛び始めた。
「Word数が減ってスマートになるのはいいのですが、文字数の多さで報酬を得ている翻訳者はちょっと複雑ですね(笑)」。

beからdoへ

写真:遠田和子さん

「be動詞は、英語の中でも弱い名詞(Weak verbs)の一つです。特に日本語は状況描写の多い言語なので、そのまま英訳するとbe動詞が多くなりがちです。意識してbe動詞をdo動詞へ変えながら訳すことが求められます」。


この時計の価格は、カタログでは3万円になっています
The price of this watch is ¥30,000 in the catalog.

初めの一歩として名詞に隠れている動詞priceを使うと少し短くなる。

This watch is priced at ¥30,000 in the catalog.

でもまたbe動詞が使われているのでもう一工夫。ここでdo動詞である「list」には「カタログ上で~の価格で載っている」という意味を一語で表現している。強い動詞を使えば、もはやin the catalogも訳出の必要がない。

This watch lists at ¥30,000.

次はどうだろうか?

女子学生の数は男子学生の数よりも多く、その割合は3対1であった。

The number of female students was greater than that of male students, and the ratio was 3 to 1.

Female students outnumbered males 3 to 1.

「『数は~』『割合は~』などの日本語をそのまま英訳するとbe動詞が二つの英文になります。ここでより意味の濃いdo動詞outnumberを使うと、読み手にとってポイントが分かりやすい英訳が可能になります」。

視点を変えてみる

写真:遠田和子さん

「ここで視点を変えると言うのは、“主語を変える”という意味です。私は日頃から主語と述語(S+V)は日本語の屋台骨であるということで大切にしています。主語を変えると動詞も変えなければいけません。例えば、この日本語をどう英訳しますか?」と遠田先生が提示したのが次の文章だ。

日曜日に雨が降ったので、私たちはピクニックに行けなかった。
→Because it rained on Sunday, we couldn’t go on a picnic.

日本語の主語に引きずられてしまったため、一つの文章に二つの「S+V」がある「複文」に。一つの文章に一つの「S+V」で済ませることもできる。そこでpicnicを主語にしてみると、複文から単文に変わる。

Our picnic was rained out Sunday.

「日本語の構文をそのまま英文に反映させないで、意味を伝える訳を柔軟に考えてみましょう。もちろんどれを主語にするかは、文章全体の流れや目立たせたい単語によって変わります。流れの良い文章を目指すためにフレキシブルに考えてみましょう」。

アメリカでBlack Fridayに販売された銃の数は、テレビの販売台数を超えていた。

The number of guns sold on Black Friday in the U.S. was greater than that of TV.

「数」から「アメリカ人」に視点を変えると。

Americans
S
bought
V
more guns
O
than TVs on Black Friday.

「S+V+O構文です。実は日本語を逐語訳するとbe動詞が増え、S+V+O構文ではない英訳ができあがることが多いんです。意識して、より英語圏の人に馴染みやすいS+V+O表現に変えてみましょう。繰り返しになりますが、そのためには視点を変えて他に主語がないかよく考えることが大切です」。

最後に遠田先生は、William Zinsser著『On Writing Well』という書籍からの引用を紹介した。

「シンプルであることの価値はとても高い。文章を引き締め、力強くするために動詞に着目することは大切なことだ」。

「動詞のパワーを全開にできるよう、一緒に頑張っていきましょう」。

わかりやすく、そして何か元気になってくる遠田先生のセッションが終わった。会場いっぱいに詰めかけた参加者たちも充実した面持ちで会場を後にした。