IJET-29大阪レポート

「日本語スタイルガイドとうまく付き合うには?
スタイルガイドの背景とツボ」

Posted August 10, 2018
講演日時:7月1日(日)13時半~14時半

登壇者:東尚子 AZUMA Naoko

写真:東尚子さん

大学(外国語学部英米語学科)卒業後、IT企業の企画部門、外資系ソフトウェアベンダーの社内通訳者を経て、2004年にフリーランス翻訳者として独立。IT分野のマーケティング案件を中心に日英翻訳を扱う。2010年、産業翻訳におけるスタイルガイドの使用状況について意見交換するオンライン会議室「JFT SINAPS Forum」に参加した後、2011年より一般社団法人日本翻訳連盟(JFT)標準スタイルガイド検討委員会(現:翻訳品質委員会)メンバー、副委員長。産業翻訳において和訳に使用する標準スタイルガイドの検討や、品質評価手法の調査等に取り組んでいる。

実務翻訳においてスタイルガイドが使用される分野は比較的限られてきた。しかし、さまざまな企業が自社ウェブサイトを持ち、大量の情報がデジタル化されて利用されるなかで、表記や表現の統一のためのスタイルガイドへの関心は高まっている。翻訳サービスに関する国際規格の中には、企画要件への適合条件に「スタイルガイドの使用」を挙げるものも出てきた。このセッションでは、実務翻訳者に求められるスタイルガイドの使用の現状と今後について解説された。

翻訳におけるスタイルガイドとは

写真:東尚子さん

そもそも「スタイルガイド」とは、文章をはじめとした成果物を製作する際に参考にするもので、統一すべき表現や表記を示したものだ。さまざまな分野で発行され、各企業が独自で発行している。ウェブ製作のプロジェクトなら見出しのフォントの大きさや種類、ページの配色を定め、論文執筆なら引用の仕方、注記の付け方などが細かく規定されている。

「翻訳では、日本語表記をそろえる目的で使用されることがほとんどです」と東さんは言う。日本語には漢字や平仮名、カタカナ、ローマ字があり、文末表現も「である調」「ですます調」とさまざまだ。さらに句読点の付け方や複合語のつなぎ方など、書き手によって判断が異なるものを中心に統一するのが目的だ。

なぜスタイルを統一する必要があるのか

写真:東尚子さん

「たとえば小説であれば、同じ言葉を漢字やカタカナで書き分けることは表現の幅ととらえられます。ニュースやプレスリリースなど速報性の高い文章では、内容の正確さやスピードを優先し、表記の統一は重視されないこともあります。他方、製品マニュアルや企業のウェブサイトなど、特定のものについての情報が集約されている場合は表記を統一する必要があります。

なぜなら“別の箇所にはこう書いてあるが、ここではこう書いてある。それぞれ違うことを指しているのか?”といった、読み手へのストレスをなくすためです。同じことを表すなら同じ表記で統一することが、利用者の利便性や満足度を高めることにつながります。検索にも便利です」。

「一部の業界では、スタイルガイドに沿っているかどうかが翻訳の品質評価の一部としてチェックされることが通例です。スタイルガイドに沿っていない部分は、減点対象になります。ISO11669においては、翻訳プロジェクトの成果物の仕様を定めるための補助的なリソースとして、スタイルガイドや用語集に言及されています。そのため、ISO取得を検討する企業と取り引きをするなら、先方からスタイルガイドの使用を要求される可能性があります」。

クライアントによって異なるスタイルガイド

写真:東尚子さん

「IT分野においては、表記の統一は必須でした。例えばグローバル企業で製品が世界同時発売される場合、ひとつのプロジェクトが多言語で同時に動きます。翻訳対象も、製品そのものから、マニュアル、宣材まで多岐にわたるため、多くの人が関与します。最初にルールを決定しなければ、後からの修正には大変な労力が必要になります」。

「IT業界にはそのようなプロジェクトが多かったこともあり、大抵の企業がスタイルガイドを持っています。今回は実際に私が携わっているIT分野のスタイルガイドを抜粋してみました。このように言葉や記号など細かい規定があり、しかも各社ばらつきがあります。これはほんの一例ですが、日本語の場合、ここまで細かい取り決めがある、ということをご紹介します」

  • 全角文字と半角文字の間に半角スペースの有無
  • 句読点は丸か点か。もしくはカンマかピリオドか
  • カッコ。全角か半角か
  • 疑問符や感嘆符を使用するかしないか。使用なら全角か半角か
  • カタカナ表記。「コミュニティセンター」と書く場合にコミュニティとセンターの間の区切りの有無。区切りを入れるなら半角スペースか中黒か
  • カタカナ表記。長音について。原則長音を残すか取るか。残すけれど4文字以上の場合は取る、長音が二つ入る単語は二つとも残すなど、会社によって細かいルールがある

JTFスタイルガイドの利用あれこれ

写真:東尚子さん

「こういった現状で、今一度スタイルガイドを検討しようと動きの中でできたのが『JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)』です。これはライセンス条件に従って自由に共有、配布、改変しても良く、実際カスタマイズして使用しているという声もあります。英訳版もありますが、これは多国籍企業や外資系企業の日本支社で従事している場合、翻訳プロジェクトの予算やスケジュールを本社と交渉しなければならないことがあります。日本語の特徴と細かい表記があるため、きめ細かい管理が必要なのだと説得するのに役立ちます」。

本体とは別に「JTFスタイルガイド 12のルール」という1枚のガイドがある。主要なポイントをまとめたもので、例えばクライアントから来たスタイルガイドのどこに注意を払えばいいかという参考に使える。

「『項目別表記スタイル一覧表』では、JTFスタイルガイドで定める項目をエクセルの一覧表にしています。自分でスタイルガイドを管理する際に参考にできます。企業でこれからスタイルガイドを作成したい時、これをベースに作成してもいいでしょう。自社流にカスタマイズも可能です」。

スタイルガイド活用法

写真:東尚子さん

翻訳の仕事では、エージェントやクライアントからスタイルガイドを受け取ったら、まず全体の方針を確認する。

「フレンドリーな文体を求める企業もあれば、品格を重んじる企業もあります。IT分野では翻訳メモリを使うことが多く、一度翻訳したものを再利用する可能性があります。そのため、“できるだけ原文に忠実に、意訳は避けて欲しい”と言われることがあります。逆に、マーケティングの分野では“原文にはこだわらなくてよいので日本語としての自然さを重視して”という依頼が多い傾向があります」。

「表記ルールは確実に目を通しておく項目です。リピートオーダーの可能性があるクライアントの場合、エクセルに1シート1社(部門)で一覧化しておくのも有効な手段です」。

「普段は自作のエクセルを見て、細かい箇所をスタイルガイドに戻って確認するようにしています。スタイルガイドがないという企業も、注意点などを自作の一覧表に落とし込みます。スタイルガイドが変更された場合は変更箇所を目立つ色でハイライトしておきます。チェックに使う正規表現もメモしておけば、毎回ひとつひとつ書かなくて済みます」

チェックツールも有効だ。クライアントや翻訳会社から支給されるツールが主だが、JTF翻訳品質委員会で推奨するツールは以下のとおり。

  • JTF日本語スタイルチェッカー
  • Wordマクロ「蛍光と対策」
  • TransQA

参考
http://www.jtf.jp/jp/style_guide/stylechecktool.html

特にJTF日本語スタイルチェッカーは、ブラウザ上で手軽に使えて処理が早い。Javascriptがローカルで動作するので、テキストがどこかのサーバーに送信されることはなく、機密保持条項に抵触しない。

実務翻訳者にとって、スタイルガイドを使いこなせるかどうかは納品物の品質に関わってくる。プロとして押さえておきたい知識として参加者も真剣に聴講していた。

参考
日本翻訳連盟 翻訳品質委員会
JTF日本語標準スタイルガイド
http://www.jtf.jp/jp/style_guide/styleguide_top.html