特別企画

“字幕制作新時代”字幕翻訳ソフトを使用しないクラウドシステム活用の時代へ

日本の字幕翻訳の世界では主流の「字幕翻訳ソフトを使った字幕制作」。この様相が変わりつつある。クラウドシステムを使った字幕制作へのシフトチェンジだ。世界各国に拠点を持ち、独自に開発したクラウドシステムを使った字幕制作を進めるIYUNO Globalを取材し、お話を聞いた。

日本の字幕翻訳の世界では主流の「字幕翻訳ソフトを使った字幕制作」。この様相が変わりつつある。クラウドシステムを使った字幕制作へのシフトチェンジだ。世界各国に拠点を持ち、独自に開発したクラウドシステムを使った字幕制作を進めるIYUNO Globalを取材し、お話を聞いた。

字幕制作のフローが変わる

近年の月額動画配信サービス(SVOD)の普及を受けて、字幕翻訳の現場も変化の時を迎えつつあるようだ。ひとつの映像コンテンツが多言語に翻訳され、またたく間に世界中で視聴される時代。視聴者は、これらの配信事業者がいかに良質なコンテンツを数多く提供してくれるかに価値を見出している。

こうした中、字幕制作をグローバルに請け負う企業が現れている。シンガポールに本社を置き、世界15カ国にオフィスをもつIYUNO MEDIA GROUPもそのひとつ。日本支社であるIYUNO Japan(以下、IYUNO)は、2016年3月より国内で事業を展開している。

同社の特徴は、自社開発クラウド型字幕制作プラットフォームiMedia Trans(以下、iMT)を使用している点だ。翻訳者は自身のパソコンにソフトをインストールする必要がなく、インターネットに接続できる環境であれば、どこからでもログインしてiMTを使うことができる。

現在、日本語の字幕翻訳においては、専用の字幕制作ソフトを使用することが必須に近くなっている。翻訳者はこれらのソフトをパソコンにインストールし、翻訳だけでなくハコ切り※ 1やスポッティング※ 2などの作業も行うのが通例だ。

<注>
※1 映像を見ながら、スクリプト(台本)にあるセリフやナレーションを1枚の字幕ごとに区切る作業。
※2 字幕を表示するタイミング(始点と終点)を指定する作業。

これに対し、iMTでは、あらかじめハコ切りとスポッティングがされた状態で映像とスクリプトがアップロードされる。このため、翻訳者はログインすると同時に翻訳に取りかかることができる。

IYUNO社開発のクラウドシステムiMedia Trax

クラウドシステムを通して発注、受注、字幕制作途中の作業管理、請求処理までできる。

写真:下村英里氏

IYUNOで字幕・吹替制作を担当する下村英里さんは、iMTの特徴についてこう説明する。

「IYUNOグループでは、ひとつのコンテンツを多言語に翻訳することを前提としているため、全言語に共通したハコ切りとスポッティングを行っています。ただし、日本と海外では字幕のルールに違いもあります。例えば、海外では1枚の字幕に2人のセリフを入れることができますが、日本では字幕1枚につき1人の話者が原則です。

こうした点も踏まえて、翻訳者側でハコ切りやスポッティングに微調整を加えていただく必要はあるでしょう。それでも、一から作業するよりは手間が省け、翻訳に集中していただけるのではないかと思います」

作業途中のプロジェクトも複数名で共有できる

世界的に見て、「字幕翻訳にクラウドを使用する企業は目立ち始めている」と下村さん。クラウドの場合、アップロードした映像を複数名で共有できるため、個々にデータを配布したり、保管したりする必要がない。セキュリティー面でのリスクが低減されることから、「今後はクラウドを活用する流れが加速するのではないか」と予測する。プロジェクトを共有することで、翻訳者とチェック担当者がよりスムーズにやり取りできるという効果も生まれるようだ。

「作業途中のデータを随時確認できるので、全体の方向性にかかわるようなミスや勘違いがあった際には、早い段階で指摘することができます。翻訳について相談したい場合にも、翻訳者とチェック担当者がそれぞれのパソコンで同じ画面を見られるため、どの場面のどのセリフについてなのかを簡単に伝えられます。これらは、共有を前提としたクラウドならではの特徴だと思います」(下村さん)

翻訳に集中することでスピーディーな納品が可能に

iMTでの作業終了後は、クラウド上でそのまま納品できる。翻訳した映像の長さに応じて料金が自動的に計算され、画面上で請求処理も行える。受注から翻訳、納品、請求までが一つの画面で完結するため、発注側、受注側ともに事務作業の負担は大幅に軽減されそうだ。

コスト面での負担についてはどうか。現在、主流となっている字幕制作ソフトは、高機能であるがゆえに導入費用が高額であることも確か。iMTは無料で使用できるため、デビューを目指して勉強中の人や、まだ収入の不安定な駆け出しの人にとっては、特にメリットが大きいだろう。

その反面、iMTではハコ切りやスポッティングといった作業が不要になる分、1案件あたりのギャランティーが低くなるのではないかといった懸念もありそうだ。

「ギャランティーについてはクライアントや案件によって異なるので、一概には言えません。ただ、翻訳だけに集中できる環境になるので、従来よりスピーディーに納品していただけるのではないかと思います。翻訳料金が多少低めだったとしても、これまでひとつの作品に費やしていた時間で、3本の作品を仕上げられるようになるかもしれません。現在の市場には、そのように迅速な翻訳が求められるコンテンツがあふれています。数をこなさなければならない面はありますが、その分、まとまった金額にはなりやすいと思います」(下村さん)

翻訳会社を通じてiMTを使用する可能性も

現在のところ、iMTを使用できるのは、IYUNOを通じて翻訳者や翻訳会社に発注される案件のみ。ただし、IYUNOと直接の取引がない翻訳者でも、翻訳会社からの依頼でiMTを使用する可能性は十分にある。

写真:加藤慶子氏

映像翻訳を手がけるワイズ・インフィニティは、昨年11月にiMTのアカウントを取得した。同社制作部で字幕のチェックを担当する加藤慶子さんは、こう話す。

「当社では、これから本格的にiMTを使った字幕制作を進めていく予定です。フリーランスの翻訳者さんにも、iMTを活用していただきたいと考えています。とはいえ、現在は既存の字幕制作ソフトを使用される方が大多数です。

その場合は、従来どおりソフトを使って作業していただき、納品データを弊社でiMT上にインポートするという形をとることもできます。iMTの使用を翻訳者さんに強制するわけではなく、あくまで個人の作業スタイルや条件に合わせて、柔軟に対応していきたいと思っています」

同社では昨年7月、主催する「第13回映像翻訳フォーラム」に向けて開催した字幕翻訳コンテストにiMTを初めて導入した。映像素材はフィリピン映画『七つの米袋』(マリセル・カリアガ監督)。原語はタガログ語だが、これを英語、韓国語、中国語に訳した台本を準備し、いずれかの言語から日本語字幕を作ってもらう形をとった。字幕制作現場のグローバル化を、コンテストにも反映させたのだという。応募はiMTを通じて受け付け、約200名からの力作が集まったそうだ。

「応募者の中には、字幕翻訳の経験がない方もたくさんいらっしゃいました。『ソフトがないと字幕が作れない』という壁が取り払われることは、新人の方にとって大きなチャンスだと思います。今後は、字幕翻訳の世界により挑戦しやすくなるのではないでしょうか」(加藤さん)

吹替制作の現場は今後の動向に注目

写真:浅倉 務氏

IYUNOは昨年、映像制作会社PANDASTUDIO.TVからポストプロダクション(ポスプロ)事業部門を譲り受けた。現在は、字幕・吹替制作から映像編集まで一括で請け負える態勢を整えている。

ただし、日本語の吹替翻訳においては、今のところiMT非対応となっている。海外では吹替にもiMTが使われているそうだが、その背景には、制作現場における慣習の違いがあるようだ。IYUNOでポスプロ業務に携わる浅倉務さんは、こう説明する。

「海外では、吹替用の台本を映像にのせて流し、役者はそれを見ながら演じています。ちょうど、カラオケの映像に歌詞が表示されるようなイメージです。一方、日本では『台本は縦書きで紙に印刷するもの』という慣習が根強く残っています。このため、iMTでの作業には向かないのです。

ただし、今後は日本でも、タブレット端末で台本を表示するようになるかもしれません。縦書きか横書きかを選択できて、紙をめくるような操作もできれば、従来の台本を見る感覚とあまり変わらないでしょう。そうなれば、将来的に、吹替翻訳にもiMTが導入されるかもしれません」

浅倉さんは、30年以上にわたりポスプロ業務に携わってきたベテラン。モノラルの時代から最新のデジタル音響システムに至るまで、めまぐるしい技術革新を目の当たりにしてきた。そうした変化は一見、翻訳者には関わりがないことのように思えるが、浅倉さんは

「現場がどのように動いているかを知ることで、どのような翻訳が求められているかを知ることができるのではないかと思います」と話す。

求められる翻訳の形にスキルをフィットさせる

最後に、これからの時代に求められる翻訳者像について、下村さんはこう話した。
「日本の字幕制作現場では、『翻訳者が一人のクリエイターとして作品を創り上げる』という意識が海外よりも強いと感じます。ただ、近年は、クライアントによってどのような翻訳者を求めるかが明確に分かれてきています。

SVODのように、できるだけ多くのコンテンツを迅速に配信したいというクライアントもあります。翻訳者がクリエイターであることには変わりありませんが、制作現場に寄り添い、求められる字幕に自分のスキルをフィットさせられる翻訳者は、活躍の場がより広がっていくでしょう。

発注する側としては、ソフトだけ、クラウドだけというのではなく、案件に応じてさまざまな制作スタイルに対応していただけるとうれしいですね」

字幕翻訳の作業環境が、今すぐに様変わりすることはないだろう。それでも、将来的にクラウドベースの字幕翻訳が主流となる可能性が高まっている。業界の動向を注視しながら、変化に対応できる準備を整えておきたい。

取材・文:いしもとあやこ
撮影:森脇 誠

Profile

下村英里氏

下村英里氏

SHIMOMURA Eri

(株)IYUNO Global シニアプロジェクトマネージャー。ローカライズを中心としたポストプロダクションでの現場経験を経て、2017年よりIYUNOで配信作品の字幕・吹替制作を担当。業界歴約10年。海外と日本の異なる制作スタイルを組み合わせ、幅広いジャンルとニーズに答えられる現場作りを目指している。


加藤慶子氏

加藤慶子氏

KATO Keiko

(株)ワイズ・インフィニティ 制作部主任。金融機関での勤務や実務翻訳のチェッカー経験を経て、現在はワイズ ・インフィニティ 制作部で主に字幕の演出 ・チェックを担当している。


浅倉 務氏

浅倉 務氏

ASAKURA Tsutomu

(株)IYUNO Global ミキシングエンジニア。現在まで33年にわたり主にポストプロダクション業務で音響技術に従事。東京テレビセンターの頃より、モノラルからDolbyDigitalまで映画の仕上げにミキサーおよびスタジオアシスタントとして深く関わる。現在は年間80本を越える劇場用予告篇のダビング作業やサウンドデザインを手がけている。


IYUNO Media Group

アジア、ヨーロッパ、アメリカの15支社を拠点に、映像コンテンツのローカライゼーションサービスを提供しているメディア企業。主に映像翻訳および字幕・吹替制作、編集、ソフト開発を行っており、日本支社は海外のコンテンツの日本語版を月間100タイトル以上制作している。

日本支社
〒103-0007
東京都中央区日本橋浜町2-62-6
URL https://www.iyunomg.com/jp

IYUNO Media Group

取材は東京・日本橋浜町のIYUNO STUDIOSの407スタジオで行われた。ここは日本で最初のルーカスフィルム社THX認定映画録音スタジオとしても知られる。IYUNO Global社のポストプロダクション業務の要となる施設だ。