駒宮俊友のユーモア翻訳論

「名翻訳家」と言われる翻訳者をもってしても、ユーモアを訳すのは難しいもの。
なぜ、難しいのか? どうしたらうまくユーモアを訳せるのか?
昔から多くの翻訳者を悩ませているこの難題について、自身も翻訳者である駒宮先生が考察を加えます。

【第2回】「翻訳の等価性」とは?

Posted November 13, 2018

今回のコラムでは、ユーモアの翻訳を、翻訳学の分野でさまざまな議論が交わされている「等価性(equivalence)」という視点から考えてみたい。

大学の翻訳入門クラスでは学生に「『良い翻訳』という言葉から、具体的にどのようなイメージを思い浮かべますか?」と質問することがある。この問いかけは、翻訳学習者の興味深い意見を知るきっかけになるので、教える側も毎回楽しく話を聞いている。

学生から最もよく聞かれるのは、「誤訳がない」ものが良い翻訳であるという意見だ。あるいは、翻訳経験のある学生からは、さらに詳しく「原文と訳文の内容が一致しているもの」という回答を得るときもある。

「良い翻訳の条件は、誤訳がないこと」という指摘はもちろん正しい。訳の間違いを無くすというのは、高い品質の翻訳を目指すうえでとても重要である。しかし翻訳者にとっては、「そもそも『誤訳』とは何だろう?」という地点で、立ち止まって考えてみるのも等しく大切なことだと思う。

HUMOR

先ほどの「原文と訳文が一致している」という「良い翻訳のイメージ」は、翻訳の等価性というテーマとまっすぐにつながる。ここでの等価性とは、もう少しわかりやすくいうと、「原文と訳文が、どれくらい等しい/同じであるかの度合い」ということである。と、このようにまとめても、「原文と訳文が等しい」状態を、はっきりと定義するのは、なかなかむずかしい。それでは、どのような条件がそろうと、「原文と訳文が等しい」といえるのだろうか。

翻訳の等価性についてあれこれと検討するのは、翻訳学の研究者だけに役立つものではない。プロの翻訳者にとっても、翻訳という仕事をさらに一歩深いところで捉えるために、有益な機会になると思う。ちなみに、拙書『翻訳スキルハンドブック』では、「翻訳の等価性」について取り上げている(『第9章 より良い翻訳のためのヒント』 306ページ)。そこでは、翻訳学研究者のアンソニー・ピムが著した “Exploring Translation Theories”(邦訳は『翻訳理論の探求』)での一例を紹介している。

ピムは、翻訳の等価性を考えるための具体例として、“Friday the 13th”という英語の訳し方について考察している。英語圏において「13日の金曜日」とは、「不吉な日」という意味を持つ。一方、スペイン語でも同様の意味を表す表現はあるが、そちらは金曜ではなく「13日の火曜日」である。“Friday the 13th”をスペイン語で「13日の火曜日」と訳した場合、単語レベルだけで判断して誤訳と思う人もいるかもしれない。しかし英語圏とスペイン語圏の文化的な背景の違いに目をやると、“Friday the 13th”という一見単純な表現でも、簡単に訳語を決められないことがわかる。翻訳は、言葉を表面的に移し替える作業ではない。その言葉の背後に広がる意味や文化を、別の言語で再現することを求められる。つまり「原文と訳文が一致している」状態というのも、原文のジャンルや、訳文の使用用途により、その言葉の意味するところが大きく異なってくる。

翻訳の等価性を巡る議論には、このようにどこかモヤモヤした、霧に包まれたような印象がついてまわる。しかし、このスッキリしない感じは、翻訳の魅力を表しているようにも筆者には思える。2つの異なる言語間に橋をかける翻訳という仕事では、一方の言語では当然と思っていた事柄が、もう一方の言語ではまったく異なる考え方になる場面が数多くある。こうした「ピタリとはまらない感覚」それ自体をおもしろがれると、翻訳はさらに楽しいものになる。

「翻訳の等価性」は、ユーモア翻訳でも大きなテーマになる。たとえばユーザー向けのソフトウェアマニュアルを翻訳する場合は、「ユーザーに正しい情報を読みやすい訳文で伝える」ことが必要になる。つまり原文の情報を、訳文でも忠実に反映するのが、この分野の翻訳では不可欠だ。こうしたケースでは、「原文と訳文を等しくする」というイメージを比較的描きやすい。一方、コメディドラマの字幕ではどうだろう。コメディの字幕では、単に英文を字義通りに訳すだけでは質の高い翻訳にならないことが多い。その理由は、前回のコラムで紹介した字幕の文字制限(1秒につき4~5文字)だけではない。ここでは、「コメディドラマの視聴者は、日本語字幕に何を求めているのだろう?」という発想が助けになる。

コメディドラマの英日字幕の品質基準は、文法や単語レベルでの等しさだけではない。むしろ、英語のセリフが視聴者に与える「インパクト」や「おもしろさ」を、日本語で視聴者にどのように再現するか?という点が検討の対象になる。

具体例として、アメリカの人気テレビシリーズ『フレンズ』のワンシーンを見てみよう(シーズン2 第1話『ロスの新しい恋人』)。主要な登場人物の一人であるレイチェルは、友人のロスに対して恋心を抱いている自分に気付く。ちょうどその時、ロスは中国に出張中であったことから、レイチェルは彼を空港にてサプライズで出迎えることを決める。ところが空港では、彼が別の女性(ジュリー)と飛行機から降りてきた姿を目撃してしまう。

アパートに戻ってきたレイチェルは、部屋にいた友人たち(モニカやチャンドラー)に、空港で起きた出来事を説明しようとする。ところが軽いパニック状態の彼女は、(おそらくは急いで階段を駆け上がってきたため)息も上がっていて、きちんと話せない。どうにか伝えようとするのだが、切れ切れの声で、友人たちも彼女の言いたいことがよくわからない。この場面の日本語字幕を以下に紹介したい。

(レイチェル) Airport, airport. 空港・・・
(レイチェル) Ross, not alone ロス 1人じゃない
(レイチェル) Julie ジュリーの -
(レイチェル) arm around her 肩抱いて
(レイチェル) Cramp, cramp 横っぱら 横っぱら・・・
(チャンドラーが他の友人たちに向かって)
Ok, I think she's trying to tell us something.
連想ゲームだ
(チャンドラーがモニカに対して)
Quick, get the verbs
では紅組から

ほんの数秒のセリフだが、訳し方に工夫が施されていて興味深い。たとえば、

“Ross, not alone”

“Julie…arm around her”

という、途切れ途切れになっているレイチェルの会話を、

ロス 1人じゃない

→ジュリーの肩抱いて

と、それぞれをあえて不完全な日本語で表しているところは見逃せない。もちろん、こうした訳し方が、その後のチャンドラーのジョークを際立たせるための「前フリ」になっている。これらのセリフを、たとえば「ロスは1人じゃなかった」「ジュリーの肩を抱いて」と正しい文法にしてしまうと、彼のユーモアはおもしろさが半減してしまう。

HUMOR

レイチェルはその後、自分の横っ腹を抑えながら“Cramp”と叫びだす(筋肉がけいれんして急な腹痛が起きた)。その姿を眺めていた友人のチャンドラーが、他の友人たちに向かって“Ok, I think she's trying to tell us something”と発言し、場面に笑い声が流れる(シットコムドラマでは、登場人物がユーモアを言った際に、こうした笑い声が流れるのが一般的である。日本の番組でも、『ドリフ大爆笑』など、さまざまなお笑い番組で使われるので、馴染みのある読者も多いはずだ)。この箇所を直訳してみると、以下のようになるだろう。

“Ok, I think she's trying to tell us something”

→うん たぶん彼女は何か伝えようとしてるな

ここでのチャンドラーのジョークは、「誰もが気づいていることを、あえて言葉にしている」ことでおもしろさが生まれている。「レイチェルが何かを伝えようとしている」ことに気づいているのは、登場人物だけではない。このシーンを観ている視聴者も、彼が自明の内容を話していることを理解している。こうした理解を視聴者も共有しているために、上記のジョークは成立するともいえる。

おそらく字幕担当者は、こうした「自明なことを、あえて口にする」ことで生まれる笑いを、日本語でそのまま再現するのはむずかしいと判断したのだろう。たしかに上記の直訳や、より少ない文字数で「何か言ってるな」などと訳しても、そのユーモアを伝えるのは簡単ではない。原文の情報をすべて反映できたとしても、会話として不自然であったり、おもしろさが伝わらない場合は、字幕の内容を考え直す余地がある。

先に記した通り、ユーモアの翻訳でこうした問題に直面した場合は、文法や単語レベルでの等価性だけではなく、「おもしろさ」「笑い」の要素をどのように再現できるだろう?という考え方が求められる。特にシットコムでは、登場人物の話し方も早口で淀みがない。そのため、文字数も抑えつつ、視聴者が瞬時に内容を理解できる言葉を模索しないといけない。その意味で、先ほど紹介した以下の字幕はとても秀逸だ。

“Ok, I think she's trying to tell us something”

連想ゲーム

原文の意味をきちんと落とし込んでいるうえに、6文字という短い文字数でテンポも生み出している(ユーモアの翻訳にとって、テンポの良さや言葉のリズムは重要なポイントになる。このことは、また別の機会に詳しく考えていきたい)。さらに、「連想ゲーム」という言葉自体も、多くの視聴者は具体的な絵を頭で描きやすいので、字幕の理解に時間を取られることなくストーリー内容に入り込むことができる。

HUMOR

その他にも、翻訳者の工夫を感じられるシーンがある。上記のセリフの後に、チャンドラーはモニカに対して次のように話を続けている。参考用に、筆者による直訳も併せて記載する。

“Quick, get the verbs”

→急いで 動詞を当てて

このセリフの意味は、まさに連想ゲームのことを考えるとわかりやすい。クイズ出題者のヒントをもとに、言葉を連想して正解の文章を完成させていくイメージだ。しかし、やはりこのチャンドラーのセリフも、直訳では、日本語の視聴者にはいまいち意味が伝わらない。よりわかりやすく、スムーズな流れの会話を字幕で実現するには、やはりパラフレーズが必要になる。実際に今回紹介している字幕では、かなり大胆なパラフレーズ戦略が採用されている。

“Quick, get the verbs”

→では紅組から

原文とは随分とかけ離れつつも、登場人物たちのやり取りから生まれるおかしさを、日本語の視聴者に向けてうまく伝えている。さらに「紅組」という言葉は、日本のバラエティ番組でもよく使われる(「紅組/白組」)ので、「連想ゲーム」というワードとの親和性も高い。そのため、日本語の視聴者にとってイメージしやすい言葉の組み合わせである。このように、多くの視聴者が既に持っている背景知識を上手に利用するという字幕スキルが、ここでは有効に使われている。

ちなみに一連のチャンドラーのセリフは、吹き替え版では若干異なる訳され方をしている。

“Ok, I think she's trying to tell us something”

→さあ、このヒントから連想してください

“Quick, get the verbs”

→まずは紅組から

一般的に吹き替えは、字幕より使える文字数に余裕がある分、訳文の選択肢も幅広くなる。上記の例でも、字幕よりも文字数が多いため、表現がより細やかになっている印象がある。

ストラテジーの基本線は、字幕と一緒である。「連想」というワードを有効活用することで、視聴者が頭の中で描写しやすいイメージを作り出そうとしている。さらに吹き替えでは、「ヒント」という言葉も使われている。この言葉も、「紅組」と同じく、「連想ゲーム」との結びつきが強いワードである点は指摘しておきたい。どちらの言葉も、原文には存在しない。しかし、関連性の高い言葉を効果的に使うことで、おもしろさが日本語で伝えにくいシーンに「理解の枠組み」を与えているのが、この字幕の最大の特徴だといえる。

今回は、『フレンズ』の字幕について検討してきた。紹介した翻訳者のスキルや工夫を踏まえて、「翻訳の等価性」についてぜひもう一度考えてみてほしい。「原文と訳文の一致」という、「良い翻訳」の大前提に思えていたことが、実はそれほど自明のものではないことに多くの方は気づかれるはずだ。

小説や特許、そしてユーモアなど、翻訳の対象によって「良い翻訳」の定義は変わってくる。これは、TPOに応じて服装や話す内容を使い分ける身のこなしにも似ている。「私はいつでもTシャツ&ジーンズがいい」という考え方ももちろんあるが、翻訳という仕事に限っていうと、もう少しフレキシブルな視点で原文と向き合う方がよいかもしれない。柔軟な心を持つことも、翻訳者にとって大切なスキルだ。まずは「読者や視聴者は、どんな翻訳を求めているのか?」と考える習慣を身に付けると、翻訳の作業プロセスが今までとは違ったものに見えてくるだろう。

Profile

駒宮俊友

KOMAMIYA Shunsuke

翻訳者。テンプル大学ジャパンキャンパス生涯教育プログラム翻訳講座講師。茨城県生まれ。インペリアル・カレッジ・ロンドンにて翻訳研究を行う(理学修士)。ビジネス、法律、旅行、アートなどさまざまな分野の翻訳・校正業務に従事する一方、大学を中心に翻訳・語学教育にも携わっている。テンプル大学では社会人学生を対象に、翻訳入門コース、法律翻訳コース、ビジネス翻訳コースなどのクラスを担当している。日本翻訳連盟(JTF)およびEuropean Society for Translation Studies(翻訳学ヨーロッパ学会)会員。

翻訳スキルハンドブック

駒宮俊友先生の著書
『翻訳スキルハンドブック』
(アルク刊)

翻訳の流れと、どんなスキルが必要なのかがわかる一冊。英語の例文が数多く掲載されており、それらの例文の吟味をすることで翻訳の勘所もつかめます。ビジネスライティングの向上につながる要素も含まれており、翻訳者や翻訳者志望者の方だけでなく、英語で仕事をする全ての方に有益な内容になっています。