どれくらい需要がある?

株式会社翻訳センター経営企画室マネージャ 井本大助さん
井本大助さん
株式会社翻訳センター
経営企画室マネージャ

社団法人 日本翻訳連盟(JTF)がまとめた平成20年度の翻訳白書を見ると、出版・映像を含めた翻訳ビジネスで最も売上高が大きかったのは33.6%のコンピューター関連。医薬・バイオ関連は9.2%となっている。

「需要は意外に少ない?」という印象も受けるが、これは調査対象となるJTFの会員企業に、主としてコンピューターや工業関連のドキュメントを手がける翻訳会社が多いことも影響しているようだ。

また、医薬翻訳の中でも医療機器のマニュアルなどは、医学知識に加えて機械や電気工学の知識も必要となる。そのため工業翻訳に分類されるケースもあるという。今回の取材では、「医薬翻訳の需要は実感としては1割以上」という声が多く聞かれた。

工業から医薬まで幅広いジャンルを網羅する翻訳会社の最大手、株式会社翻訳センターで話を伺うと、平成23年3月期の売り上げに占める医薬部門の割合は32.1%。比率の高さもさることながら、注目したいのはその推移だ。

「工業、金融など他部門ではリーマンショック後に伸び悩んだり、一時的な落ち込みも見られましたが、医薬部門は景気の動向に関係なく伸びています」(経営企画室マネージャ・井本大助氏)。

景気の影響をほとんど受けない手堅さは、近年に限った特徴ではない。医薬部門の売り上げは、遡って見ても「年率10%内外で順調に伸び続けている」(井本氏)という。

株式会社翻訳センター経営企画室スーパーバイザー 市村美樹子さん
市村美樹子さん
株式会社翻訳センター
経営企画室スーパーバイザー

この成長を牽引しているのが、新薬の開発や承認に伴う翻訳需要だ。翻訳センターでは「医薬部門の翻訳案件の約7割が製薬関連」(井本氏)。もちろん、論文や医学文献の翻訳にも「根強い需要があり、件数も増えている」(経営企画室スーパーバイザー・市村美樹子氏)が、医薬翻訳という仕事の将来性を考える上でカギとなるのは、やはり国内外の製薬会社の動向だろう。

将来性は?
近年、どの業界でも世界規模の合併や買収の動きが加速している。グローバル化の波はビジネスの世界地図を大きく塗り替えてきた。

医薬品生産の金額

もちろん製薬業界も例外ではない。日本での事業拡大を図る外資系製薬各社はもちろん、日本の製薬会社も海外展開や海外の企業・研究機関との共同開発に力を入れており、「質の高い翻訳者に対する需要は以前にも増して高い」(有馬先生)という。

日本の製薬会社が国内で開発した薬の販路を海外に拡げたり、開発の段階から英語ベースの国際共同治験を行うようになると、それだけ翻訳需要も増える。スピード感をもって新薬を開発し、国際競争力をつけていくためにも国際共同治験は今後さらに増えると見込まれる。

巨大な日本市場でのシェア拡大を図る外資系製薬会社からの英日翻訳需要も依然として高い。英日翻訳と日英翻訳で比較すると、「英日翻訳需要のほうがやや高い」と、市村氏。「ただ、どちらの案件も増えているので、日英・英日の両方ができると今後はさらに強みになると思います」。

需給バランスに変化は?

安定的に需要があり、将来性も期待できる医薬翻訳。そのため他ジャンルの翻訳から医薬翻訳への転向を考える翻訳者も増えているようだ。前出のアルパ・リエゾンでも、「コンピュータ・IT関連や、金融などビジネス文書の翻訳を手がけてこられた方が受講するケースも増えている」(有馬先生)という。

医薬翻訳を目指す人が増えているのは確かだが、高度な専門知識とスキルが求められる仕事。「人材はまだまだ不足しています。しっかり勉強して研鑽を積めば、間違いなく仕事はある。需要を心配しなくても、自分を磨くことで納得のいく報酬をきちんと得られるようになるはずです」(有馬先生)。

報酬面でも医薬は安定しており、「値崩れしにくい分野」(井本氏)だという。もちろん個別の報酬レートは、扱うドキュメントの種類や難易度などによっても異なる。

「医薬翻訳の中でも、やはり製薬関連の翻訳をコンスタントに受注する翻訳者の方は、報酬面でも手堅い。クライアントから指名で仕事がきたり、納期を多少延ばしてでもその方にお願いしたい、とリクエストされることもあります」(井本氏)。

質やスピードへの要求は高い?

仕事として目指すとなると、納期や求められるレベルも気になる。「以前は納品まで1カ月かけていたものを『2週間で』など、納期は年々着実に短くなっています」(市村氏)。急ぎのものは「当日中、あるいは『この部分だけでも2~3時間で』ということも」(市村氏)。

納期短縮の動きは医薬翻訳に限ったことではないが、医薬ならではの事情もある。"ドラッグ・ラグ"の問題だ。

海外ではすでに認可され販売されているのに、日本ではまだ認可されていないため、使えない薬がある。ドラッグ・ラグとはそのずれを指摘するもので、日本での承認審査に時間がかかっていることが一因となっている。

ドラッグ・ラグは患者の生死にも関わる大きな問題。医薬品の開発や申請にかかる期間の短縮は、製薬会社にとって重要なミッションの一つであり、これは「翻訳業界にとっても同じです」(井本氏)。

正確で、しかも日本の審査官にわかりやすい文やスタイルに整えた申請書類を少しでも早く製薬会社に提供できれば、製薬会社側でのレビューの負担を軽減し、ひいては承認申請にかかる期間の短縮につながる。「翻訳のクオリティと納期短縮を両立させるため、仕事の進め方を工夫するなど翻訳会社としてもさまざまな取り組みを進めています」(井本氏)。

スピードだけではない。製薬会社が翻訳者に求める専門性も、年々高くなっているという。「10年前は『医薬専門の方を』とリクエストされていましたが、ここ数年は医薬の中でも『臨床専門の方で』『非臨床に強い人を』と要望されるようになり、さらに最近は『臨床で抗がん剤関連の翻訳の経験者を』『非臨床の中でも毒性に詳しい人を』と求められるケースも珍しくありません」(井本氏)。

株式会社翻訳センター

株式会社翻訳センター経営企画室のマネージャ井本大助氏とスーパーバイザーの市村美樹子氏

翻訳センター経営企画室のマネージャ井本大助氏とスーパーバイザーの市村美樹子氏。市村氏は約4年間、医薬部門のコーディネータとして主に製薬会社を担当。井本氏は入社以来10年に渡り医薬部門で営業を担当。製薬会社担当のマネージャを約5年間務めており、医薬翻訳の動向に詳しい。

http://www.honyakuctr.com/

「くすりの街」とよばれる大阪・道修町で医薬専門の翻訳会社として昭和61年に創業。現在は医薬、特許、工業、金融・法務の4分野を柱に翻訳サービスを提供。業界最大手にして翻訳会社としては唯一の上場企業でもある。

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