文系は不利?

翻訳にとどまらず、最近はさまざまな報告書や資料をもとに申請書類の一部を作成する"メディカル・ライティング"の段階から翻訳会社にアウトソーシングするケースもあるという。こうした仕事は、製薬会社で実際に新薬開発やメディカル・ライティングの仕事を経験した人でないとかなり難しい。

医薬翻訳に医学・薬学の専門知識は不可欠。理系のバックグラウンドがないと、やはりできない仕事なのだろうか。「そんなことはありません。治験翻訳のように高度に専門化された分野では、文系か理系かだけで翻訳者としての優劣が決まることはありません。この分野に本気の関心と学習意欲があれば、どなたにもチャンスがある分野です」(有馬先生)。

医薬翻訳者に求められる資質は?
現在、翻訳センターに医薬翻訳者として登録し、活躍している人の中には「身近な経験をきっかけに医薬分野に興味を持ち、勉強を始めたという方も。文系出身の優秀な翻訳者さんも少なくありません」(市村氏)。

とはいえ、ゼロからのスタートとなると学ぶべきことはたくさんある。「向学心、学習意欲の高さは大事な資質の一つ。基礎を固め、自分の得意分野や好きな分野を深く掘り下げていく原動力になります」(市村氏)。

医薬の専門知識はもちろんだが、医薬翻訳ではドキュメントごとに適切な用語・文体を駆使して訳出するスキルも求められる。「報告書には報告書の、論文には論文特有の言い回しやスタイルがあり、それに準拠していないと、内容的には間違いではなくても実務文書としては通用しません」(井本氏)。健常者ではなく"健康成人"と表現するなど、用語の標準も常に変化している。こうした変化をキャッチアップするためにも向学心は不可欠だ。

医薬翻訳の仕事には調査力も求められる。辞書や文献にあたって調べたり、ネット検索するだけの"調査"ではない。前述の通り、治験のドキュメントは相互に関連している。求められているのは「その構造やつながりを深く理解し、膨大な資料の中から必要な情報を素早く取り出す力」(井本氏)である。

実際に仕事をするとなると一定のPCスキルも必要だ。「変更履歴を残すといったワードの基礎的な操作、翻訳支援ツールを活用する力。さらに、医薬翻訳の場合はクライアントから提供されたテンプレート上での作業を求められることもあります」(市村氏)とのこと。物質名や単位などワードの特殊記号を多用するため、ミスの防止や作業の効率化につながるからだ。

医薬翻訳者の必須要件

医薬翻訳の仕事を目指すには?

理系のバックグラウンドがなくても医薬翻訳者を目指すことは可能。だが、独学で何とかなるほど簡単な世界ではない。まずは医薬翻訳のスクールなどに通って基礎的な勉強をするのがやはり近道だろう。

その上で、「実際の医薬ドキュメントに触れる機会を作り、学んだことをアウトプットしながら経験を積む」(井本氏)ことも大切だという。翻訳担当の派遣社員として製薬会社でキャリアを積むほか、翻訳会社に医薬系の校正者として登録するのも一つの方法だ。

校正を通じて実際の原文や訳文を多読すれば、標準的な表現やドキュメント相互の関係もより深く理解でき、第一線で活躍する翻訳者の文章に触れることで表現の幅も広げられる。

「実際、医薬の校正者から医薬翻訳者になった方もいます。論文や書籍など文献翻訳の仕事も結構あるので、文献翻訳でキャリアを積みつつ、並行して治験ドキュメントの校正を手がけて仕事の幅を広げていく方法もあります」(市村氏)。

論文翻訳を目指す場合も多読によるトレーニングは大事。「論文は日英翻訳の需要が多いので、海外の有名な医学系ジャーナルを教材にして勉強されるといいと思います」(市村氏)。


独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)

薬事法に基づいて医薬品・医療機器の承認審査を行っている独立行 政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページ。製品の安全性情報や開発関連ドキュメントの一部を見ることができる。 「PMDA が発行する文書の中には和文・英文の両方用意されているものもあるので勉強になると思います」(井本氏)。まずはここで製薬関連のドキュメントに触れてみては?

やりがいも、将来性も二重マル!

優秀な医薬翻訳者に対する需要は高い。ゼロから始めるなら「数カ月ではなく、年単位で土台となる知識やスキルをきちんと身につける」(井本氏)こと。そうすれば「仕事は継続して依頼されるはず」(井本氏)という。

もしかすると他のジャンルの翻訳より学習期間は長いかもしれないが、将来性は二重マル。人の命に関わる仕事だけに、やりがいも大きい。「特に新薬の承認申請は、巨額の予算と長い年月をかけて開発された薬を患者さんの手元に届ける最後の大事なプロセス。翻訳という形でそのお手伝いをした薬が実際に世に出るというのも他の分野の翻訳にはない醍醐味。ぜひ多くの方にチャレンジしていただきたいと思っています」(井本氏)。

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