特別企画

日本初の同時通訳エージェントが始めるキャリアサポート制度 前編

国際コミュニケーションの密度、頻度が増しているなか、“実力の伴った良い通訳者”を求める声がますます高まっている。通訳エージェントの草分けサイマル・グループは、優れた通訳者の育成に向けて、新たにキャリアサポート制度を起ち上げた。その背景、現場の声などを取材した。

Posted March 1, 2019

会議通訳者需要の高まりを受けキャリアサポート制度を導入

林純一氏
株式会社サイマル・インターナショナル
代表取締役社長 林純一氏

日本初の同時通訳エージェントとして、1965年に発足したサイマル・インターナショナル。現在は通訳者・翻訳者を養成する教育機関であるサイマル・アカデミーや、通訳者・翻訳者に特化した人材サービス会社サイマル・ビジネス・コミュニケーションズ(SBC)も運営しており、通訳・翻訳にかかわる総合サービス企業として業界を牽引している。

サイマル・インターナショナル

「アポロ11号が月面着陸した際に、同時通訳を担当したのがサイマルの創業者たちです。当時は同時通訳がまだ一般的ではなかったので、どういう仕組みになっているのかと不思議に思われる方も多かったようです。サイマルのロゴマークは月と地球を模したもので、月面着陸を意味しています」

代表取締役社長の林純一氏は、50年以上の歴史を持つ同社の礎についてこう話す。

そのサイマル・グループが今年、優秀な会議通訳者の育成をより強化するために開始したのが「特待生制度」と「技能契約社員制度」だ。

特待生制度」は、サイマル・アカデミーで会議通訳コースを受講する生徒の中から優秀かつ講師の推薦があった人を選抜し、同コースの受講料全額免除と、サイマル・インターナショナルの専属通訳者として登録する機会が与えられるというもの。受講生の金銭的負担を軽減することで、プロデビューまでの道のりをサポートする。

一方の「技能契約社員制度」では、会議通訳者を目指してトレーニング中の人を、SBCの契約社員として登用。派遣社員の場合は契約期間外の給与が発生しないが、技能契約社員になると、1年にわたり毎月の固定給が保証される。収入面での不安を感じることなく、安心して実績を積み上げられるというわけだ。

サイマル・グループの通訳者育成・スキルアップ制度

これらのキャリアサポート制度を立ち上げた背景には、日本における会議通訳者需要の高まりがある。

「サイマルは創業以来、政府の国際会議や各国間交渉、大手企業の海外進出といった、非常に重要性の高い通訳の場でお手伝いをしてきました。いずれも、難易度が高く、責任も重い仕事ばかりです。今後もそういった仕事はなくならないでしょう。むしろ、これからは大手だけでなく中小企業も海外進出を本格化させていくでしょうから、そうした部分でもサポートできるようにしたいと考えています」

若い人たちが挑戦しやすい環境をつくりたい

通訳市場の拡大が見込まれる中で、急務となっているのが優秀な通訳者の養成だ。林社長によれば、サイマル・グループにおける通訳事業の売上高は毎年安定的に伸びている反面、通訳者を志望する人の数は一定の比率にとどまっているとのこと。繁忙期になると、通訳の依頼が来ても引き受けきれないケースはすでに発生しており、「今後は業界全体でさらなるハイレベルな通訳者の人手不足が予想される」と言う。

かつて、プロを目指して通訳学校の門をたたくのは、大学を卒業したばかりの若者が中心だったそうだ。しかし、現在は状況が一変。企業に就職してから通訳の道を志す、いわゆる「転職組」が大半を占めている。会社に勤めながらスクールに通うことになるため、両立に苦労するであろうことは想像に難くない。さらに、プロとしてデビューした後も、コンスタントに仕事を得て安定した収入を得られるようになるまでには、ある程度の下積み期間が必要だ。会社を辞めて通訳者として独立する道を選ぶには、相応の覚悟がいるだろう。

こうした事情から、通訳者になりたいという志を持ちながらも、道半ばにして諦めざるを得ないケースは少なくない。林社長は「若い人が挑戦しやすい環境をつくりたい」と考えている。

「サイマル・グループの通訳者には、何十年にもわたって仕事をしているベテランが大勢います。60歳、70歳になっても活躍できるのは、通訳という仕事の素晴らしいところです。ただ、通訳者全体のバランスを見ると、20代から40代くらいの方にも、もう少し力を付けていってほしいと感じます。今回、特待生や技能契約社員といった制度を立ち上げたのは、通訳者を目指す方の不安をできる限り払拭できるよう、企業側としてもサポートしたかったためです

グローバル社会で見直される人間にしかできない通訳の価値

昨年、日本を訪れた外国人旅行者の数は、史上初めて3,000万人を超えた。今後は2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会、2025年の大阪万博と、日本では国際的なイベントが続々と控えている。

さらなるグローバル化の波が押し寄せる今、通訳という仕事に改めて注目が集まっている。

林社長自身も、2017年にサイマル・グループのトップとして就任して以来、プロ通訳者たちの仕事ぶりに驚かされている一人だ。特に、彼らが日々こなす勉強量には感嘆するばかりだという。

「60代、70代の通訳者さんが、今でも毎日3時間は勉強していると言うので驚きました。通訳者になるための資質は何なのかと尋ねたことがあります。語学ができることは当たり前で、最も必要なのは『勉強し続けること』なのだそうです。例えば、金融に関する交渉の通訳をしていても、そこにはITや環境の話も入ってきます。一つの分野だけ知っていれば通訳ができる、という時代ではないんですね。スクールに通って勉強する時間は数十時間程度だと思いますが、それに加えて、いかに自ら学び続けることができるかが重要になります」

もう一つ、近年、クローズアップされているのがAIの存在だ。機械翻訳の精度が上がってきていることから、通訳の仕事が機械に取って代わられるのではないかと心配する向きもあるかもしれない。これについて、林社長は「日常的なコミュニケーションにおける通訳などには、むしろ機械を使ってほしいくらいです」と話す。

「サイマル・グループで請け負っているようなハイエンドな通訳の現場では、聞こえてきた言葉をただ別の言語に置き換えればいいということはありません。相手が『右へ向かう』と言ったとしても、その真意は『最終的に左へ向かう』ということを示唆しているのかもしれません。また、話し方ひとつとっても、直接的な物言いを好む国もあれば、そうでない国もあります。話し手の意図や国柄までも踏まえた上で、スピーカーと一緒に話を組み立てていくのが通訳者です。AIにそこまでのレベルを要求できるかといえば、当面のところは難しいでしょう。人間にしかできないような高度な通訳の価値が、逆に認められていくのではないかと思っています」

実際、サイマル・アカデミーの通訳者養成コースは、上級レベルに進むほど「語学力の強化」には重点を置かなくなるそうだ。すでに完成された語学力をベースに、それをいかにして通訳の仕事として昇華させるかのトレーニングが中心となっている。

ベテラン通訳者に学びながら生涯の仲間を見つけてほしい

サイマル・アカデミー

これから通訳者を目指す人たちへのメッセージをうかがった。

「サイマル・アカデミーでは、第一線で重要な通訳の舞台で活躍する現役の通訳者から直接指導を受けることができます。日本のトップクラスの通訳者がどんな仕事をしているのか、どういった心構えで仕事に臨んでいるのか、どのくらい勉強しているのか、といったことを学べるまたとない機会になるはずです。

また、実際に起きたエピソードや失敗談なども織り交ぜながら、通訳の仕事というものをリアルにお伝えできる数少ない場でもあります。通訳者を志す人は、ぜひそこに身を置いてチャレンジしてほしいと思います。

同時に、ほかの受講生と共に切磋琢磨する時間も貴重なものになるでしょう。同じ思いや夢を抱いている人たちと、互いに刺激を受けながら成長していってほしいと思います。生涯にわたって学び合える大事な仲間を、ぜひサイマルで見つけてください」

>> 後編の掲載は3月中旬予定

取材・文:いしもとあやこ
撮影:森脇 誠

取材協力

株式会社サイマル・インターナショナル

国際会議の同時通訳、官公庁・民間企業における通訳・翻訳業務で定評のあるサイマル・インターナショナル。その教育機関として1980年にサイマル・アカデミーが設立された。

プロ通訳者・翻訳者に必要とされる実践的なスキルを習得する「通訳者養成コース」「翻訳者養成コース」のほか、プロのスキルアップのための「ワークショップ」「セミナー」など多彩な講座を設けている。無料体験レッスンあり。