通訳者・関根マイクの業界サバイバル・ガイド

【第10回】ビジネスオーナーとして考える その1

Posted July 19, 2018

たとえばアメリカで2週間の法務案件を担当したとき、私以外にも複数の通訳者が稼働していたのですが、クライアントと一番長い時間を共にしていた私は他の通訳者用に、案件の背景説明書と用語集を自主的に作成してクライアントに提供しました。自分自身の復習にもなりますし、派遣されてきた通訳者の中には背景知識が乏しい人もいるとわかっていたからです。用語集はその後も毎晩更新して担当弁護士に提供し続けました。

その弁護士にはとても感謝されて、今でも多くの仕事を頂いていますし、クライアントの法務担当者が転職した際には、新しい所属先からも依頼を頂けるようになりました(このようなケースは何度もあります)。結局、仕事は人間関係の部分が大きいのですね。小さな積み重ねがポートフォリオに厚みを加えて、仕事を安定化させていくのだと思います。

通訳者を紹介する

私は、自分が一緒に組んだ経験があり、素晴らしい技術と顧客対応スキルをもつと思う通訳者をエージェントにも通訳者仲間にも積極的に紹介しています。「ライバルをなぜ紹介するのだ?」と思われるかもしれませんが、相当な技術を持ち、適切なブランディングをしている通訳者であれば、そもそも仕事に困ることはありません。であれば自分が担当できない案件や明らかに対応分野外の案件などは、必要としている人に紹介した方が適材適所になります。あとで感謝もされます。たまに紹介料を頂いたりしますが、自分から求めたことはありません。

さむ~い田舎の案件
常夏の島国で仕事後にのんびりできることもあれば、
さむ~い田舎の案件ではホテルに缶詰めでNetflixということも…。

私は大企業を経営しているわけではありません。アシスタントは雇用していますが、自分一人ができる仕事量には限界があります。それは他の通訳者も同じでしょう。直接取引の案件でも、自分が対応できない案件は他の信頼できる通訳者に外注したり、案件の性質によっては案件自体を譲ってしまうこともあります。

長いスパンでみると、案件の相互紹介などを通して他の通訳者とのゆるやかなつながりを構築しておくことで、病気や緊急事態が発生したときに代役の手配がしやすくなります。セーフティネットの構築という意味合いもあるでしょう。「他の通訳者を紹介」というと、自分の仕事が減ることばかりを心配する人が多い印象がありますが、紹介を通して得ることが多いことをぜひ知ってもらいたいのです。

というか、単純に通訳者を紹介すると、自分も相当な頻度で紹介されるようになります。心理学でいう返報性の原理ですね。

社内通訳者とは仲良く

フリーランス通訳者は、ときに企業に派遣されて会社所属の通訳者(いわゆる社内通訳者)と一緒に仕事をすることがあるのですが、実は多くの中小企業では社内通訳者がコーディネーター業務も兼務しています。通訳技術は当然として、彼らとしては仕事がしやすい人に依頼を続けたいでしょうから、社内通訳者とは仲良く助け合って仕事をしましょう。社内通訳者と仲良くすることはビジネス上な理由だけではなく、パフォーマンス上の理由もあります。

社内通訳者は会社の状況や案件の背景、業界用語などについてフリーランスが逆立ちしてもかなわない知識を持っています。協力した方が仕事の質が上がるのは容易に想像できると思います。きちんと頭を下げて丁寧にお願いすれば、協力を断る通訳者はあまりいません。

「社内通訳者は気難しいから一緒に仕事がしにくい」と考えるフリーランス通訳者もいるようです。確かに気難しい人はいますが、社内通訳者の立場を考えないで仕事をしているフリーランスも相当数いるので、このあたりはどちらが悪いとは言えません。社内通訳者は社内通訳者で、いずれフリーランスになることを検討しているのであれば、社内で稼働中に現場で出会うフリーランス通訳者などとネットワークを構築しておくことも大事です。

いざフリーになったときすぐにエージェントを紹介してもらったり、仕事を紹介してもらえるような体制を整えていきましょう。この業界は狭いですから、フリーランスをいじめる社内通訳者は、いざフリーになったときにとても苦労すると思います。

Profile

関根マイク
Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』を連載中。

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